ロンドンでのテロ

ロンドンの地下鉄やバスが
テロリストの攻撃によって爆破され
たくさんの罪のない方々が犠牲になられた。

テレビのニュースでは
ブレア首相やブッシュ大統領が
「テロには屈しない、テロとの戦いは続く」と声明をだしている。

その顔をみながら
戦争おいて誤爆は、ある程度は仕方がないことと
アフガニスタンやイラクで爆撃によって殺された
罪のない一般の人たちのことを思った。

戦争とテロと
罪のない人を巻き込み、殺してしまうということにおいて
どのような違いがあるのか
私にはわからない。

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この記事へのコメント

二十三画
2005年07月08日 14:20
うーん。これは本当はとても根深い問題のように感じますが
普通の人間が考える感情であるとか情緒であるとか
そういう事を一足飛びに飛び越えた、一般大衆とは違うところで
執り行われていて、多くの人々の命は道具のように扱われているのだと
思うのです。それを打開する策があるのか?果たして持っているのか?
何を行動に起こすのか?それによってどのように変わるのか?
疑問は尽きません。その一端を担っているのも私たちのような多くの一般民衆ではないでしょうか。
さかあがり
2005年07月08日 20:26
二十三画さんへ
>一般大衆とは違うところで執り行われていて、多くの人々の命は道具のように扱われているのだと思うのです。

私も同じように感じます。
テロが起きるたびに、頭を抱え込んでしまうのです。
一般民衆として、できることがあるなら・・・と考えるのですが・・
いつもそこで止まってしまいます。
二十三画
2005年07月09日 15:40
そうですよね。止まってしまいますよね。

>その一端を担っているのその一端を担っているのも
というのは突き詰めれば原因の一端でもあるという意味なのです。

思うに
取り立てて何か蜂起するとかといったことではなく
さかあがりさんが取り組まれているようなことも
大切な歩みではないでしょうか。
その積み重ねともいえる行動が
いづれ何かを変えてくれるのではと淡い希望を感じるのです。
さかあがりさんが日常取り組まれていることに希望と尊敬を
感じますし、いろいろと教えられているといったところですね。
さかあがり
2005年07月09日 20:54
私も、まだまだ、はっきりとしたことが解っているわけではなく、手探りしながらの歩みなのです。最近になって、戦争やテロ、政治的なことまで、実は私たちの何気ない日常や心の中に解決の方法があったりするのかなあ・・・というようなことを思ったりしているのです。
私も皆さんのブログに刺激され、励まされ、日々勉強させていただいてます、本当に。

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